結論:ダイエットは「太る習慣」をやめたら終わる
何度もダイエットに挑戦してはリバウンド。
気づけばアラフォーで、体重がてんやわんやになっていた。
いろんな方法を試して、結果が出ては戻る。
これはもう「あるある」だと思う。
それでも僕は基本、楽がしたい。だから真剣に考え始めた。
僕はなぜ太ったのか
冷静に振り返ると、1ヶ月や2ヶ月で太ったわけじゃない。
ゆっくり太って、その体型をキープして、また太ってキープ。
そんな積み重ねだった。
原因はシンプルだ。
- 食べ過ぎ
- 飲み過ぎ
- 寝不足
- 運動不足
最大90kgを超えていた。もしかするともっとあった可能性も。でも怖くて体重計に乗れない時期もあった。
太る習慣は“楽に”続けられていた
つまり、太った状態は「太る習慣を自分で作って、継続していた結果」だ。
世の中では「習慣化は難しい」と言うけど、太る習慣は全然しんどくなかった。
なぜなら、好きなことを好きなようにやっていたから。
感情のままに、思いつきのままに、欲望のままに動いていただけだった。
要は、何も考えていなかった。
そんな生活を本気で振り返って、ようやく向き合い始めたのが2021年、当時33歳のときだった。
ここから僕の結論はこれになった。
ダイエットは「何かを始める」より、まず「太る習慣をやめる」ことから始まる。
「一気に痩せる」を捨てた。目標は1ヶ月1kg
ダイエットに本気で向き合ったとき、最初に突き当たった壁があった。
それは「すぐ結果を求めてしまう」ということ。
短期間で減らす方法を選ぶ。
数字が変わらないと楽しくない。
でも、そのやり方でリバウンドして今がある。
ってことは、やり方がズレてる。
僕はここで考え方を切り替えた。
「すぐに痩せる」を捨てて「ゆっくり痩せる」を選ぶ。
目標は1ヶ月1kg。
ショボいと思った。でも1年で12kgだ。
焦らない。少しの変化で一喜一憂しない。そう決めた。
1日33gでいい、という考え方
1ヶ月1kgは、単純計算で1日33g。
ご飯の盛り付けをほんの少し減らす。
おかずをちょっと削る。
それだけでも33gなんて達成できそうに思えた(体重変化に直結するかは別として)。
最初はPFCとか細かいことは考えなかった。
まずは食べている量を削る。削るというとキツく聞こえるけれど、太る食事を見直していくということ。
意識的には「体重」より「太る習慣」を削ることを続ける。数字より、その数字に至る経緯を見直すということ。
基礎代謝を基準にして、食事をテキトーから抜け出した
基礎代謝がなんなのかは知っていた。
でも「どれくらい食べればいいのか」を具体的に考えたことがなかった。ずっとテキトーだった。
自分がやりたがらないところに弱点がある。
やりたいことだけやって今の体型なら、やりたがらないことの中に答えがある。
そう思って、基礎代謝や消費カロリーについてしっかり調べた。
どうやら、基礎代謝以下の食事は最悪。
そして最低でも基礎代謝+300kcalは食べるべき、と知った。
正直、怖かった。
「毎日300kcal増やしたら太るんじゃないか?」って。
怖さを「消費」で解決する発想
ふと思った。
「300kcalくらいなら運動で消費できるんちゃうか?」
そうすれば、300kcal上乗せして食べても大丈夫。
一気に「いけそうな気がする」になった。
問題は運動だ。
ジムは続けられない。自宅トレも続けられない。
僕はそういうタイプだ。
だから、運動を“義務化”できる形を探した。
徒歩通勤という“生活に埋まる運動”を選んだ
そこで自分の1日の時間の使い方を見直した。
- 朝4時起床
- 7時出発 → 仕事
- 18時ごろ帰宅
- 20時就寝
睡眠8時間、仕事(通勤含む)11時間、フリー5時間。
もちろん誤差が15分ずつくらいはあるけど、大体こんな感じ
フリー5時間は削りたくなかった。
睡眠も削りたくない。
実働も削れない。
残るのは「通勤」だった。いやまずこれを攻めてみようと思った。
通勤往復は自転車で30分。ついでに言うと仕事中の昼休み1時間もうまく使えるんじゃないかと考え始めた。
ここをどう活かすか。
そこで思いついたのが「自転車通勤を徒歩に変える」こと。
調べたら、ちょうど消費カロリーが300kcalくらいになる。
これで怖さが消えた。
- 徒歩通勤できた日は300kcal分多く食べる
- できない日も基礎代謝以上は食べること
完璧に管理じゃなく、「意識してますよ」くらいの緩さでいい。
だって、1日33gでいいんだから。
こうして徒歩通勤を始めた。
仕事に支障が出たら意味がないから、到着時間は調整した。元々早めに到着するように出勤していたから、徒歩で通勤することによる数分の遅れは、全く問題なかった。
体重より「継続する仕組み」を優先したら勝手に痩せた
徒歩通勤は最初から毎日はきつかった。
だから週2〜3回からスタートした。
でも気づいた。
徒歩で行った日の方が体の調子がいい。
頭の回転も早い。
しかも徒歩なら音楽を聴ける。自転車運転中にイヤホンで音楽を聴くのは罰金だとか言われ始めた頃だったから、そう言うのもあってだんだん楽しくなってきた。
少し余裕が出てきた頃、職場で言われ始めた。
「痩せたな」
3kgくらい減ると、見た目が変わると言われてる。
でも「1ヶ月1kg」目標はブレさせなかった。
減りすぎると気が緩む、すぐに調子に乗る自分を知ってる。だから減らしすぎない意識も常に持っていた。
ご褒美が消えた理由
今までなら体重が減り始めると「ご褒美」と称して暴飲暴食していた。
でも今回は違った。
頑張らないようにすることを頑張っていた。
徒歩通勤を「仕事の一部」と捉えて、当たり前にした。
だからご褒美を与える理由が見当たらなかった。
その当時、僕が一番の目標にしたのは「痩せる」じゃなく、
徒歩通勤を継続することだった。
元からある習慣をちょっと変えただけ。
仕事には嫌でも行かなきゃいけない。
歩き始めたら嫌でも職場に行くしかない。
引き返せない。遅刻したくない。
それだけ。
「やらなしゃあない」状況に自分を置く。
これが僕に合っていた。
米は敵じゃない。必要分と欲求を分ける
正直、昔は「米は敵」と思っていた時期がある。
たぶん糖質制限の影響。
でも僕は米が好きだ。大好きだ。
だからこそ「これからも一生食べたい」と思って、ダイエット開始時から毎食米を食べると決めていた。
ただ、1日プラス300kcalしか余白がないと考えるようになってから、
「限られたカロリーを何で摂るか?」を真剣に考えるようになった。
無駄なものでカロリーオーバーするのは最悪。
米は1食に茶碗1杯で十分。
「お菓子食べたからご飯減らす」みたいなダサいことはしたくなかった。
ここで大きかったのは、
必要分と欲求の違いに気づいたこと。
昔は大盛りが当たり前だった。
でも今は年齢も生活も変わっている。
食事スタイルだけ学生時代のままはおかしい。
必要分を摂れば十分で、それ以上は欲求・感情。
コントロールすべきものだと思うようになった。
そして食べ物を見ると、こう考えるようになった。
「これ食べるなら、どれくらい歩くことになる?」
人によっては、食事くらいはなんも考えず楽しもうとか好きなもの食べれてこそ人間だというかもしれない。こんな計算を勝手にしている時点で気持ち悪いかもしれないけど、僕にはもう習慣だった。
空腹は判断を壊す。戦う場所を変える
食事量をコントロールできるようになっても、空腹は別問題だった。
お腹が空いている時は、頭が食べ物でいっぱいになる。
だから僕は空腹時にスーパーには絶対に行かない。
行くと余分に買って、結局食べすぎるからだ。
感情は目的を邪魔する。
痩せたいのに食べたい。
わかっていても食べてしまう。
人間は非合理的だ。
だから大事なのは、
「そういう状況に自分を置かないこと」だと思うようになった。
- 空腹時にスーパーに行かない
- 作り置きをするなら食後にやる
ただ、ここには矛盾もある。
作り置きが家にあると食べてしまう。
だから結局ポイントは、食べても大丈夫な作り置きを考えるってことになる。
「小分け」と「蒸す」だけで、食事は回り始めた
食べたいものは我慢しない。
その代わりルールは一つ。
小分けにすること。
一人前でも二人前でも、とにかく小分けして1日で全部食べない。
ご飯も一人前ずつ冷凍する。
この「分ける」を習慣にした。
僕の定番メニューは基本これ。
- 蒸し野菜
- 蒸し鶏
- ご飯
他にも卵料理、雑炊、豚肉、牛肉、ピザやシェイクw、完全栄養食も入れる。
でも土台はこの3つ。
蒸すための武器は「炊飯器」と「シリコンスチーマー」。
炊飯器のスチーム機能で、食材を切って入れるだけで30分。
鶏肉はできるだけ密封して、炊飯器の保温で1時間半ほど放置。
シリコンスチーマーは、レンジでチン。
正直、栄養素を全部わかっていたわけじゃない。
でもこの食生活を続けていたら、健康診断はずっとオールA。超健康体になっていた。
毎日同じようなものを食べると、体調や体重の小さな変化に気づきやすい。
たまに振り返って修正もできる。
そうしているうちに、自然と栄養に興味が出て、勉強を始めた。
そして次に興味が湧いてきたのが「運動」だった。
50km歩いて悟った。「運動だけじゃ痩せない」
徒歩通勤と工場の仕事。大したことないと思っていた。
でも歩数を数えるとだいたい1日15,000歩。
歩幅60cmで計算すると約9km。
これを2〜3ヶ月続けると、休みの日にじっとしているのがもったいなく感じてきた。
「休みの日こそ、もっと歩こう」
そう思って新しい遊びを見つけた。
隣の市まで歩いて、電車で帰る。
シンプルで平和なやつだ。
さらにエスカレートして、
「休みの日に追い込んで、平日を休養にしたらいいんじゃないか」
みたいな発想まで出てきた(イかれてるって言われ始める)。
そして、ついに50km達成。
電車に乗ったり、途中で諦めて逃げることができないように、夜中に歩いた。
達成したことは自信になった。
ただ、同時に大きな精神的ダメージも受けた。
50km歩いて消費したカロリーは、おそらく2,500kcal程度。
人間、どんだけ省エネなんだと思った。
ワッフル、アイス、クロワッサン、ピザ1枚。
1回で全部食べたらあっという間に2,500kcalを超える。僕はそんな食事を過去に何度もしたことがあるのか。恐ろしすぎて笑ってしまう。
つまり、身をもって知った。
運動による消費は、実は大したことがない。
ダイエットは運動じゃなく、食事の重みがデカい。
体脂肪1kgあたり7,200kcal。
「え?50kmも歩いたのに脂肪1kgも消費してないのか」となった。
ここからまた、食生活について深く考えるようになった。
ダイエット卒業。次は筋トレへ
1ヶ月1kgのスローペースをルールにして、
食事管理にも慣れ、暴飲暴食もしなくなった。
リバウンドもなく、体型は少しずつ理想に近づいていった。
健康診断はオールA。
職場でも家族でも「痩せたね」と何度も言われ続けた。
そしてある日、ふと気づいた。
その言葉に飽きてきている自分に。
「なんで痩せようとしてたんだっけ?」
最初の動機を思い出すと、結局これだった。
ダサいおじさんになりたくなかった。
かっこよくなりたかった。
太ってる。ハゲてる。アラフォー。
これ、もう3アウトでチェンジやろ…って本気で思ってた。
でも、痩せたら世界が変わると思ってたのに、現実は変わらなかった。
誰かが急に褒めてくれるわけでもない。何かが起きるわけでもない。
拍子抜けした自分もいた。
ただ、変わったことはちゃんとある。
服が変わった。体型が変わった。
これは紛れもない事実だった。
前から着てた服が、ある日ふと「綺麗なライン」で着られた瞬間があった。
あれ、めちゃくちゃ嬉しかった。
たまたま「かっこよくなったね」って言われることが重なった時期もあって、
そのとき初めて、ダイエットの結果を“実感”できた。
もっとかっこよくなりたい。
いつまでも、かっこいいって言われたい。
それって男の性なんじゃないかと思う。
痩せたのはゴールじゃなくて、ようやくスタート地点。
ここから先は、筋トレにシフトして、体のラインを整えていく。
ただ、筋トレを「やるぞ」で始めても、絶対に続かない。
ダイエットで学んだのはこれだった。
継続には、知識と仕組みが必要。
これはもう、身体へのわがままだと気づいた
ダイエットを終えて、リバウンドもなく、健康診断もオールA。
正直、もう何もやらなくていい状態にはなっている。
体重は落ち、体脂肪も下がった。
生活習慣は整い、日常生活で困ることもない。
いわゆる「健康体」には戻れている。
ここまでは、
太る習慣をやめて、ゆるく長く続けるだけで辿り着けた。
しかし、ここから先は違った。
筋トレにシフトしてみて、すぐに違和感を感じた。
ダイエットと、筋トレ・体脂肪管理はまったく別物だ。
ダイエットは「引き算」で成立した。
太る行動をやめて、戻らない仕組みを作ればよかった。
一方で、筋肉をつける、体脂肪をさらに削る。
これは「足し算」と「調整」の世界になる。
ゆるさでは通用しない。
ちゃんとした考えでの行動が必要になる。
ここで、ようやく腹落ちした。
今やっていることは、健康のためじゃない。
もう痩せる必要のない身体は手に入れている。
この先にあるのは、自分の美意識による、完全な「わがまま」だ。
身体に対して、
「まだいけるだろ」
「もっと良くなれるだろ」
と要求している状態。
そりゃ、難しい。
むしろ難しくて当たり前だった。
だから、ここで切り替えた。
これまでの延長でやろうとするのはやめる。そう、しんどいことはしたくないという甘い考えはもうやめる。
考え方も、行動も、仕組みも、根本から組み替える。
ただ一つ決めていることがある。
これは短期の挑戦じゃない。
一生続ける前提でやると言うこと
だからこそ、これも仕組みに落とす。
ダイエットは卒業した。
次は、わがままな身体改造のフェーズに入る。
筋トレの具体的な内容や結果については、別の記事でまとめていく。
ここでは、「そういうステージに立った」という事実だけを記録しておく。

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