「あー、今日もしんどかった。週末はパーッとやりたい」
こういう気持ち、わかります。私もずっとそうでしたから。
でも一個だけ聞いていいですか。
その「ストレス発散」、内臓にとっては何ですか?
そもそも「ストレス」って、気分の話だと思ってませんか
ストレス、と聞いたとき、多くの人は「気持ちの問題」だと思っています。
人間関係がしんどい。仕事がきつい。将来が不安。心がざわざわする。
これがストレスだ、と。
でも本来のストレスという言葉は、「外からかかる負荷によって生じるひずみ」のことです。気分や感情は、ストレスの結果として出てくるものであって、ストレスそのものではありません。
もっとシンプルに言えば、ストレスとは「使いすぎること」です。
筋肉に負荷をかけることも、ストレスです。エンジンを限界まで回すことも、ストレスです。そして、内臓を酷使することも、ストレスです。
「気分が悪い」ことだけがストレスじゃない。物理的に使いすぎることも、れっきとしたストレスなんです。
筋肉は「ストレスで育つ」。内臓は違う
筋トレをしたことがある人なら分かると思います。
筋肉に負荷をかけて、筋肉痛になって、回復すると以前より強くなる。だから筋トレではわざと負荷をかけます。ストレスを与えることが、強くなるための手段になっています。
では内臓は?
内臓は、使いすぎても強くなりません。
胃に食べ物を詰め込んでも、翌日から消化力が上がるわけじゃない。肝臓にアルコールを流し込んでも、翌日から解毒能力が増えるわけじゃない。ただダメージが蓄積するだけです。
しかも内臓には、もう一つ厄介な特徴があります。悲鳴を上げないんです。
筋肉は、やりすぎれば筋肉痛という形でちゃんと教えてくれます。でも内臓は痛覚が少ない。限界ギリギリまで、ほとんど何も言ってこない。
だから気づかない。気づかないまま、酷使し続ける。
「食べる」は内臓にとっての重労働
ここが、ほとんどの人が見落としているところだと思います。
私たちは「食べる」という行為を、エネルギー補給かリフレッシュくらいに思っています。でも、その裏で何が起きているか。
胃は消化液を大量に分泌して、食べ物を物理的に動かし続けます。腸は何時間もかけて栄養を吸収します。肝臓は有害なものを無毒化しながら代謝を回します。腎臓は老廃物を濾過します。
これ、全部「食べた」という1つの行動に対して、内臓が並行してやっていることです。
「さあ、今から数時間働き続けろ」という命令を、あなたは毎食、内臓に出しているんです。
足の筋肉に「24時間走り続けろ」と言ったら、誰でも「無理に決まってる」と思いますよね。でも胃腸や肝臓には、朝昼晩の食事に加えて間食や深夜の食事まで、平気でそれに近いことを要求しています。
しかも夜。本来、体のリズムとしては「夜は内臓も休ませる」方向に働いています。そこに食べ物を流し込むのは、昼間に比べてさらに強い負荷をかけることになります。
「週末パーッと」の正体
話を戻します。
「仕事でストレスが溜まった。週末はパーッとやりたい」
この気持ちはわかります。精神的にしんどかったなら、気分を変えたい。それは自然なことです。
でも、その「パーッと」の中身を考えてみてください。
大量に飲んで、脂っこいものを食べて、深夜に締めのラーメンを食べる。
脳は「今日はよかった、リフレッシュできた」と言っています。
内臓は、そこから深夜のサービス残業に突入しています。解毒、消化、代謝。休まれるどころか、週の中で一番きつい夜を過ごしているかもしれない。
ここで一つ、問いたいのは「果たしてそれは本当にストレス発散なのか」ということです。
精神的なストレスを、内臓への物理的なストレスにすり替えているだけではないか。
脳が感じる「しんどさ」には敏感に反応する。でも内臓が受けている「酷使」には完全に無頓着。これが、現代人の典型的なパターンだと思っています。
内臓のストレスが積み重なると、どうなるか
「でも、多少食べすぎても大丈夫でしょ」
そう思っている間は、内臓の悲鳴が聞こえていないだけです。
慢性的な消化器の不調、脂肪肝、血糖値の異常。こういった問題のほとんどは、ある日突然やってくるものではありません。毎日少しずつ積み重なった物理的ストレスが、ある閾値を超えたときに一気に表面化します。
内臓は「沈黙の臓器」と呼ばれることがあります。限界が来るまで、ほとんど何も言ってこない。何も言ってこないからといって、ストレスがかかっていないわけじゃない。ただ、私たちには見えていないだけです。
私が87kgあった頃、体がしんどいのは「仕事のストレスのせい」だと思っていました。でも今振り返ると、あの時の「しんどさ」の多くは、飲みすぎ・食いすぎによる内臓の疲労だったんじゃないかと思っています。
俺の答え
じゃあどうするのか、という話を最後にします。
私の場合、気分を晴らしたいときは体を動かします。ジムに行って、筋肉に負荷をかける。筋肉はストレスを与えることで強くなるから、これは理にかなっています。頭の中がごちゃごちゃしているときほど、体を動かした後はスッキリします。
そして食事は、内臓を休ませる方向で選ぶ。消化に優しいものを、適切な量だけ。アルコールは飲まない。肝臓に余計な仕事をさせない。
筋肉には、ストレスを。内臓には、休養を。
これを自分の中のルールにしてから、「疲れた」の質が変わりました。翌朝の体の感覚が、明らかに違う。
「週末パーッと」を否定したいわけじゃありません。ただ、それが本当に自分の体を回復させているのかどうか、一度だけ考えてみてほしいんです。
気分が晴れることと、体が回復することは、必ずしも同じじゃない。そのことを知っているだけで、選択肢は変わってくると思っています。
まとめ
- ストレスとは「気分が悪い」ことだけではなく、「物理的に使いすぎること」も含む
- 筋肉はストレスで強くなるが、内臓は使いすぎてもただダメージが蓄積するだけ
- 「食べる」は内臓にとっての重労働。毎食、消化・代謝という過酷な作業が走っている
- 内臓は悲鳴を上げにくいから、私たちは気づかないまま酷使し続ける
- 「週末パーッと」は精神的ストレスを内臓への物理的ストレスにすり替えているだけかもしれない
- 本当の回復は、気分と内臓、両方が休めているとき
「疲れた」と感じているとき、一度だけ考えてみてください。
その疲れ、脳だけじゃなくて、内臓も感じているかもしれないから。
この記事は個人の経験と見解に基づいています。医療的なアドバイスではありません。


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